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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)4293号 判決

原告 クラヤ薬品株式会社

右代表者代表取締役 野口耕平

右訴訟代理人弁護士 塚本郁雄

被告 村田栄

右訴訟代理人弁護士 須田清

主文

一  被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する昭和五〇年五月一日から完済に至るまで年二割の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一、二項と同旨の判決及び仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和四八年一一月一日、被告に対し、金五〇〇万円を月利〇・七五パーセント(年九分)、内金二五〇万円については毎月末日限り別表(一)のとおりの元利金の支払、内金二五〇万円については毎年一月と七月の各末日限り別表(二)のとおりの元利金の支払、右債務の担保として直ちに被告所有の埼玉県深谷市大字櫛引五の一所在木造瓦葺平家建居宅一棟を保存登記の上、第一順位の抵当権を設定する、右約定に反したとき被告は当然に期限の利益を失い、直ちに右貸金残元金及びこれに対する年二割の割合による遅延損害金を付して支払う旨の約定で、貸し渡した(以下「本件消費貸借契約」という。)。

2  ところが被告は、右割賦金支払を一回も履行せず、かつ、右不動産を保存登記しなかったので昭和五〇年五月一日期限の利益を失った。

3  そこで、原告は、被告に対し、貸金五〇〇万円及びこれに対する昭和五〇年五月一日から完済に至るまで年二割の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の趣旨に対する認否

請求原因1、2の各事実は認める。

三  抗弁(消滅時効の抗弁)

1  本件消費貸借契約は、原告が会社としての組織体のなかで、従業員に対する労務管理上の要請として実行されたもので、営業遂行の密接不可分な行為と評価すべきものであって、商法五〇三条の附属的商行為である。

すなわち、右消費貸借契約の決済は、原告内部で、被告の所属長、部長、常務、専務、社長と組織的行為として行われており、重要な会社業務であることが明確である。また、本件消費貸借契約は、社員の労務提供をより確実にし、会社に対する労務提供の意思を高揚し、もって会社の営業に資する目的をもったもので、営業行為そのものではないにしても営業関連行為とみるのが相当である。

2  仮に、本件消費貸借契約が、一時的立替えで、営業に関係がないものであるとしても、原、被告は昭和五〇年二月一三日、新たに和解契約(以下「本件和解契約」という。)を締結したもので、右和解契約は商行為である。

すなわち、右和解の内容は、原告において期限の利益を与えるという譲歩と、被告において年七・五パーセントの利息を払うという譲歩をすることによって、金五〇〇万円の返済についての争いを終結させたものである。しかも、右和解契約の締結時、被告は原告を退社し、原告とは第三者の関係に立つとともに、原告は和解の締結に当たって、改めて役員会の決裁を経たものであるから、本件和解契約は、昭和四八年一〇月一八日の消費貸借契約とは別個の契約で、原告の営業行為そのもの又はこれと密接に関連する行為というべきである。

3  原告の被告に対する貸金返還請求権の権利行使の始期は、本件消費貸借契約又は本件和解契約のいずれに基づくものも、昭和五〇年五月一日であり、右の日から既に五年を経過した。

4  被告は、本訴において右時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中、本件消費貸借契約が原告の関係責任者の決裁を経て行われたことは認め、その余の事実は否認する。

会社など組織体が金員を支払うときは、その関係者の承諾を得ない支払は、背任、横領その他の不正支出となるので、使途のいかんを問わず、すべて関係責任者の承認を必要とするのは、当然である。

したがって、商行為となるか否かは、決裁の有無に関係なく、行為の性質によって定まるというべきである。

本件消費貸借契約は、原告が従業員である被告から居住用住宅建設資金につき銀行融資を受けるまでの間、一時立て替えて欲しい旨の申入れを受け、一時これを立て替えたものである。ところが、その後被告は、就業規則違反行為により、制裁解雇され、住宅建設も行わなかったので、原告から全額返済を求められたが、借受金員全額を他に費消したと主張したため、原告はやむを得ず長期割賦で返済を受けることにしたものである。

右のごとき原告の従業員に対する一時的立替行為はいかなる意味でも営業行為には無論、営業に関連し、その営業の維持便益を図る行為にも該当しない。

2  同2の事実は否認する。被告主張の和解契約は、本件消費貸借契約に基づく残債務の確認に過ぎない。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1、2の各事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件消費貸借契約の商行為性の有無について検討するに、抗弁1の事実中、本件消費貸借契約が原告の関係責任者の決議を経て行われたことは、当事者間に争いがない。

《証拠省略》並びに右一の争いのない事実及び本項の争いのない事実から

1  原告は、薬品を取り扱う株式会社であるところ、社内的に、財形貯蓄制度を利用して、従業員が銀行から借り入れた住宅資金の返済につき原告が保証する制度は設けていたが、原告が住宅資金を直接従業員に貸し付けることは例外的には存したものの、制度としては設けていなかったこと、

2  原告は、昭和四八年一〇月ころ、原告の埼玉県の大宮営業所に勤務していた被告から住宅資金として金五〇〇万円の借入れの申込みを受け、会社として住宅資金を直接に貸し付ける制度はなかったが、被告が自己の居住建設を建築するについて、地上権もあり、設計図も出来上がり、大工と建築請負契約を既に締結しており、建築を中止するわけには行かないので、銀行から融資を受けられるまでのつなぎ資金として一時貸して欲しい旨の懇願を受け銀行から融資を受け次第返済する旨の説明を受けたので、被告が銀行から融資を受け次第返済するという約定のもとに、利息の定めもせずに、被告の所属長、部長、常務、専務及び社長と会社の関係責任者の決裁を経た後、会社として例外的取扱いとして、被告にその住宅資金五〇〇万円を貸し付けたこと、

3  ところが、被告は原告から右住宅資金を借り入れた後も、建物の建築に着工せず、銀行から融資を受けることもなく、原告からの返済の督促に対しても言を左右にしてその返済の猶予を求めるだけであったので、原告は、被告に貸し付けた住宅資金の返済を受けることを確実にするために昭和五〇年二月一三日に被告主張の本件和解契約を締結するに至ったこと、

の各事実が認められる。

右各認定事実に基づき、本件消費貸借契約の商行為性の有無につき検討するに、本件消費貸借契約は、確かに原告の営業のためにする雇傭契約と関連性を有し、原告にとっても被告の主張するような有用性を有することは否定し得ないが、第三者に対するものではなく原告の従業員に対する社内的なもので、しかも原告の社内的な制度に基づくものではなく、被告の一身的な特殊事情に基づいた偶発的、個人的色彩の極めて濃厚なものであるといわざるを得ない。

したがって、本件消費貸借契約は、商法五〇三条所定の附属的商行為に該当するとは認められず、他に右商行為性を有すると認めるに足りる証拠はなく、抗弁1は理由がない。

三  次に、抗弁2の被告の主張する本件和解契約の商行為性の有無について検討するに、《証拠省略》並びに前記一の争いのない事実から、被告が、原告から住宅資金を借り入れながら、建築に着工せず、銀行から融資を受けることも、右借受金を原告に返済することもなく、その上昭和五〇年二月六日ころ就業規則違反で原告から制裁解雇されるに至ったため、同年二月一三日、原、被告間で、原告が被告の説明する収入状況を勘案しつつ、貸付金の回収を確実にする見地から、債権額を確定し、原告は被告に対しその返済方法につき長期の分割払を認め、その代わり被告は原告に対し一定の利息を支払うとともに抵当権を設定する旨の約束(以下「本件返済約束」という。)が交わされたことが認められる。

以上の認定事実に照らすと、被告主張のとおり右返済約束自体は、被告が原告を退社し、従業員の地位を離れて第三者的立場になった後交わされたもので、その返済条件は利息を付し、抵当権の設定を受けるという経済的観点も加味されているが、前者については被告は原告からみて取引相手等のごとき純然たる第三者ではなく、元従業員であり、後者については被告が元従業員であったため原告がその返済方法につき長期の分割払という大幅な譲歩をしたことから、それに対する見返りという意味から利息が付されたに過ぎず、更に右返済約束は本件消費貸借契約に基づく法律関係に争いがあったから締結されたものではなく、右に見た事情からその債権額を確定し、その返済方法について条件が変更されたものであって、いわば右消費貸借契約の延長線上に在るもので、特に右消費貸借契約と別個の契約であるとは解し難い。

したがって、被告主張に係る本件和解契約も、本件消費貸借契約と同様、商法五〇三条所定の附属的商行為に該当するとは認められず、他に右商行為性を有すると認めるに足りる証拠はなく、抗弁2も理由がない。

四  以上の次第で、消滅時効の抗弁は、その余の点について判断するまでもなく理由がなく、原告の被告に対する本訴請求は理由があることに帰するので、これを認容することとし、訴訟費用の負担については民訴法八九条、仮執行の宣言については同法一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮﨑公男)

〈以下省略〉

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